ルナーティックな散歩道
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☆11/01更新☆

第51回
 精神病院の開放病棟の日常は、なにげなくさりげない装いのまま時間がいつの間にか過ぎていく。

 なにも劇的なものはなく、変わった事といえば一日に三回、食事のために、一階にある食堂ホールに下りて行くぐらいで、あとは特に何をしなければならないということはなく何をしていても自由である。

 誰かから干渉されるわけでもなかったし、特別にややこしくて嫌なルールなどもなく不快な思いをすることなど何一つ存在しなかった。

 基本的な生活スタイルは、ただ黙って時間をやり過ごすこと―それが入院した僕の生活のすべてであった。

 病室はもちろん個室などではなく、確か6、7人の部屋であったように記憶している。

 僕は第一回目の入院は(こんないい方でわかると思うけど、合計10回の入院生活を体験している)強制的な「医療保護入院」であったので、入院に際して必要なものは何も持ってきていなかった。

 お金なんかもどうしたのだろうか?今では確実な記憶を失ってしまっているが、一階の医事課の近く、開放病棟につながる入り口―僕が入院した病院は開放病棟といっても、確か5時になったらその入り口は施錠されていた―の手前に5,6坪の売店があり、そこで石鹸、歯ブラシ、タオルなどを買い求めた記憶が残っている。

 病棟の北側には結構広い中庭があり花壇が美しく施されていた。北西の角には大きな桜の木が植えてあり、きっと春にはきれいな花を結ぶに違いないと思った。病棟と病院の玄関とを結ぶ廊下に面した南東の隅には大きな白い花の咲く樹があったが誰に聞いてもその名前を知る者はいなかった。いつの時期であったのかの記憶はないが、僕は何回目かの入院でその樹に大きな白い花が咲いていたのをはっきりと覚えている。

 中庭にはベンチも置いてあった。張りめぐらされたフェンスの向う側には小さな川が流れ、向こう岸には入院している僕を励ますかのように竹林が時として揺れていた。そのフェンスに向ってベンチに座ると、学生時代に一度登った北山の稜線がはっきりとした姿を見せていた。

「あんた、新しい人やな。あんな、変なこと言うようやけど洗面器とか石鹸箱なんかには自分の名前書いときや。そのほうがいいから・・・・・・」

 病室のベッドで休んでいると、50歳ぐらいの浅黒い顔色をした人が僕に近づき、人なつっこい笑顔で僕に優しく言った。

 その人は他の人と少し趣きが違っていたが、僕は一体どこが悪くて入院しているのか不思議に思った。

「名前ですか?わかりました。ありがとうございます」と僕はその人に顔を向けながら答えた。

 筆者紹介
北山一憲
生協に勤める。35歳の時、「肉体的、精神的な極度の過労による精神的錯乱状態が認められるとともに、強い鬱的状況にもあって」との診断を受ける。アフター5に出会う人との付き合いを大切にし、大学などでも自らの体験をもとに特別講義を行っている。
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