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本書は、1949年1月、朝鮮済州島の北村里で500余人の住民が虐殺された事件を背景に、 そこで九死に一生を得た「順伊おばさん」の精神がどのように病み、死に至ったかを描い
た小説である。著者は済州島の生まれ、みずからの体験をまじえながら「済州島4・3事件」 を住民の立場から克明に描いた。
この作品を理解するには基礎知識が必要だ。1945年8月、日本の植民地支配から解放さ れた朝鮮には、民主的な独立国家をめざす建国準備委員会が作られていた。しかし、朝鮮
半島南部を支配していたアメリカ軍政は、冷戦開始の中で左翼弾圧政策を強め民衆の自立 的な運動を次々と圧殺していった。こうした中、1948年4月3日、済州島の左派勢力と住
民は島内の警察署を襲撃した。
38度線による分断を決定づけたのは1948年5月10日にアメリカによって強行された南 朝鮮だけの単独選挙であった。島ぐるみボイコットしたとみなされた済州島住民は、「共匪
(コンビ)」と疑われ、西北青年会や警察、国防警備隊の襲撃を執拗に受けることになる。 西北青年会とは、北朝鮮から越境して逃れてきた青年達からなる強い反共意識を持った右
翼テロ集団で、その背後には後押しするアメリカがいた。権力側の報復は島民に対して無 差別となり、大量虐殺が繰り返される中、済州島は焦土と化し、6年6ヶ月の間に約3万
人(一説によると8万人)が生命を奪われた。北村里の悲劇もその中のひとつである。 しかもこの「済州島4・3事件」については、韓国内でタブーとされ、本著も1979年初
版発行後販売禁止とされた。しかし最近、同事件を映画化した「レッド・ハント」の上映 などで事件の記憶が呼び起こされはじめている。
この小説には、アメリカという文字も、日本の侵略という言葉も一切でてこない。ひた すら「共匪」とよばれたゲリラ側と軍警側との板挟みになり、双方から攻撃され殺戮される
「良民」たちの悲惨な行き場のない姿と恐怖を描いている。事件後も、肉親を亡くし死の恐 怖を味わった人たちが、精神に傷を持ちながらも公に叫ぶことなく社会生活を営んでいた。
そんな良民のひとりであった順伊おばさんは、事件の30年後、二人の子どもが虐殺された と同じ畑で自らの命を絶つ。残された親族たちは、順伊おばさんの苦しみに思いを馳せる
が、過去の事件を荒立てることには反対する意見が多かった。
韓国ではこれまで、かつての日帝協力者にたいする責任追及がなされず、歴代の為政者 が日帝協力者の系譜の上にあるという奇妙な政治風土になっているという。「済州島4・3
事件」は戦後の出来事だからといって日本と無関係のものではない。そこで親日派の果た した役割は大きく、日本の植民地支配の残滓がこの悲惨な事件の発生に大きな位置を占め
ていたのである。 |
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『順伊(スニ)おばさん』
玄基栄著 金石範訳
新潮社
本体価格1600円
2001年4月発行
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| 筆者紹介 |
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若田 泰
医師。京都民医連中央病院で病理を担当。近畿高等看護専門学校校長も務める。その書評は、関心領域の広さと本を読まなくてもその本の内容がよく分かると評判を取る。医師、医療の社会的責任についての発言も活発。飲めば飲むほど飲めるという酒豪でもある。 |
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