あんな本、こんな本
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『冬敏之短編小説集 ハンセン病療養所』
冬 敏之著
 『埋もれる日々』(1970年)いらい、久しぶりに冬敏之氏の作品を読んだ。北条民雄の『命の初夜』や『癩院受胎』は比較的知られた小説だが、冬敏之氏の作品は知られているとはいえない。患者の隔離の実態を描き、その不当な差別を告発する、はたまた、抗議するルポルタージュの作品群に比して、自身、ハンセン病患者であるにもかかわらず、これだけの「抑えた表現」で、療養所の生活をえがくことへの当惑が、読み手の側にあるからかもしれない。確かに彼の作品群は、ノンフィクションとも異なり、淡々と療養所の日常を描きながら、しかしそれでいて療養所で繰り返される日常と、療養所外のそれとの落差を見事に描き出している。

 彼が描くのは、世人が注目する断種や堕胎の強制だけでなく、夫を「じいさん」と呼び、妻を「ばあさん」と呼ぶ、婚姻届のない夫婦の姿であり、また、社会復帰の難しさへの共鳴を描くというより、唯一の目的となっていた脱出が実現しながらも、時に療養所に戻る際に感じる心の安らぎがひとつのテーマともなっている。普通の人となんら変わることのない日常の生活や心の動きの描写は、時として、療養所という特殊な空間とぶつかったときに、大きな摩擦を引き起こし、その異常さを惹起する。

 自己へのこだわりが文学への道を拓き、特殊な場で生を閉じることへの問いかけが書くことでの継続を生み出した。確かに彼のいうとおり、この隔離の場で、一般に伍するものといえば文芸だけだったのかもしれない。人間の尊厳に対する警鐘は、多くの場合、社会的弱者あるいは社会的に排除された人々の主張と行動から生み出される。排除され隔離されたハンセン病療養所からの主張、それがどのような文芸になったのか、はたまた何故そうなったのか、その軌跡を追うこともこれから考えなければならないテーマかもしれない。

(井手幸喜・大学教員)
『冬敏之短編小説集 ハンセン病療養所』
冬 敏之著
壺中庵(こちゅうあん)書房
2001年4月発行
本体2,000円
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